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みなさん、こんにちは。管理人のハクモロです。
2011年3月11日に起きた東北関東大震災から2週間経ちました。亡くなった方のご冥福をお祈りすると共に、被災者の方々に心よりお見舞い申し上げます。
この2週間、いろいろな事を体験し、感じ、思ったことがたくさんありました。でも、なかなか心の整理がつかずパソコンを立ち上げる気力もままならない状態でした。いつまでもそんな事は言ってられない!そう思い、地震のあった日の出来事やそこで学んだことなどを綴っておこうと思います。
≪地震当日体験記≫
14時~16時
3月11日は、お友達と都内で会う予定でした。遠方からやって来る友人の到着時間に合わせて自宅を出ようと、2時過ぎに出発。バスで駅に向かい、郵便局で用事を済ませてから電車に乗ろうと思い、郵便局へ行き手続きを済ませている途中で「パン!」という音と共に停電。
局員の人が「揺れてる???」と言った途端、ゆらゆらと大きく横に揺れ始めました。立っているのも不安定になるくらい揺れが続き、局員の方が「外に出てください。」とおっしゃったので、ひとまず入り口付近まで行きました。それでもまだ揺れてる・・・。
居合わせた方たちと「長い地震だね、外にいてこんなに揺れを感じたの初めて!」と口を揃えて言うほど、長く大きい揺れでした。
一旦、揺れが収まったところで一人の男性が「宮城で震度7!!!」と大きな声で教えてくださいました。その場にいた人たちからはどよめきの声・・・すでに停電していたため、ATMなどを使っていた人も混乱!
私は手続き終わった書類をもらい、郵便局を後にして駅へ向かいました。
駅近くの商店街ではたくさんの買い物客や店員さんが外に出てきていて、ざわざわとしていて異様な雰囲気。
停電しているから無理だろうとは思いつつ、事の重大さを知らなかったため、すぐに復旧すると思い改札へ言ってみると、電車に乗りたい人が押し寄せていました。私は京急を利用しているのですが、復旧が早くて信頼も厚いので、待ってればすぐに動くと思っていました。たくさんの人がそう思っていたはずです。
でも、待てども待てども動くどころか、大きい余震が来るし、駅ビルからもたくさんの利用客や店員さんが外に出るように言われて出てきました。駅員さんも停電しているため情報が手に入らないと混乱気味。みるみるうちに駅回りはたくさんの人でごった返し、携帯もつながらないので、公衆電話にも行列が出来始めました。
私も会う予定になっていた友人たちにメールを送ったり、電話をしてみても繋がらず、一方的に連絡するだけとなっていました。何度かチャレンジしたらつながっても留守番電話サービスになって、リアルタイムで状況を報告できないもどかしさと、楽しみにしていた予定に参加できないかもしれない悲しさと諦められない気持ちで駅で佇むばかり・・・。
そんな中、大阪に出張していた主人からポツポツとメールが届くようになりました。私も送ってみるのですが送れたり送れなかったり。でも、まだ事の事情を把握していない方が多数の駅前。ほとんどの人が駅で復旧を待っていました。
そんなことを続けて2時間近く経ち、時刻は16時を過ぎていました。「あーあ、どうしようかな・・・」と思っていたところ主人から電話が掛かって来ました。ずっと繋がらなかったのにビックリ!そして、「津波が来るから早く逃げたほうがいいよ。宮城県大変な事になっている。大津波警報が三浦半島にも追加されたから!車並みの速さで津波は迫って来る!高台に行った方がいい。」と言うのです。
全く状況がつかめず、「は?津波?」という感じでピンと来ませんでした。とにかく駅前から離れて、高台にある自宅に向けて移動することにしました。停電と同時にバスも運転しなくなっていたので、すでに駅前のタクシーも出払っている状態。
家まで歩いて一時間くらいかかる。とりあえず家に向けて歩き出しました。ほとんどの方が津波が来ることも知らず途方に暮れていたので、歩く道すがら出会う人には津波のことを伝えました。
そんな中、8人くらいの団体でキョロキョロしながら歩いている方たちに追いつきました。横を流れる川は東京湾に向かって引き始めているのを見て、津波がやっぱり来るんだ!とその時思いました。その8人の方たちに津波のことを話したところ、「●●小学校はどこですか?」と言われたので、「私も同じ方角で近所ですのでご案内します。」と一緒に高台にある避難所に向かうことにしました。
聞けば、茨城県から観光に来ていたそうです。駅で駅員さんに「●●小学校に避難するように」と言われたとか。途中、食糧確保のためコンビニに立ち寄ってみると、停電の中一生懸命店員さんが汗を流しながら商品を販売していました。
行列は出来ていたものの、駅前はどこも店が機能していない状態だったので、茨城から来た方たちには少しでも何か購入できたのは良かったと思いました。
その頃になると主人から地震に関する情報がメールで届き始めたので、その場にいる人たちにも状況を知らせると、とても驚いていました。コンビにを後にして、小学校に向かうとちゃんと避難所として受け入れが始まっていました。私も何かあった場合の避難所は●●小学校なので、一度様子を見ておこうとみなさんと一緒に中に入りました。
その時点では体育館に椅子が並べてあるだけ・・・。大丈夫かな?夜は冷えるだろうし、停電もいつまで続くか分からないし・・・。心配はいっぱいでしたが、私も日が暮れる前に家に行きたかったので、「もし何かあればまた様子を見に来ますね!」と、持っていたおせんべいやおつまみなどの差し入れを残し、皆さんとは別れました。
17時30分 自宅に到着
雨がポツポツ降り始め、すでに薄暗くなっていました。家に着いてホッとする間もなく、玄関近くの洗面所を見て地震の大きさを思い知りました。棚が倒れ、足の踏み場もないくらいぐちゃくちゃ・・・。
台所に行くと床にはフライパンや調味料入れ、電話までもが落ちていました。これは、ダンナコレクションのガンプラも落ちて壊れているんだろうな・・・と思いつつリビングを見てみると、斜めに将棋倒しになってはいたものの、床に落ちているのも一つや二つで済みました。
とにかく、真っ暗になる前に懐中電灯を用意し、水やガスが使えるか確認。トイレも済ませて、万が一のために水も汲みました。主人からメールも頻繁に入り始め、充電を心配しながら乾電池で使う充電器も探し、とりあえず思いつく準備をしました。ついに日も暮れて真っ暗になってしまいました。停電しているので当然電話・テレビなど使えません。
依然情報が主人からのメールでしかわからなかったのですが、それだけでも心強かったです。夜になり気温も下がってきたので、避難所にいる方が気になり、ホッカイロを持ち、懐中電灯を片手に家を出て街の暗さに驚きました。
街頭の灯りのありがたさというか、普段当たり前に思っている灯りが消えるとこんなにも道を歩くのが怖いんだな・・・と思いました。途中まで頑張って行こうと歩きましたが、あまりにも怖かったので断念。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。その帰り、ふと空を見上げてみるといつもはそんなに見えない星の数々、綺麗さに感動しました。
今思えば、郵便局に寄らず電車に乗っていたら、場所によっては私も帰宅難民となっていたかもしれなかったので、歩いて家に帰れただけでも幸いでした。主人は大阪に出張していなかったら間違いなく帰宅難民になっていたでしょうし、連絡もなかなか取れずやきもきしたに違いありません。
送れているかわからなかったけど、ツイッターにつぶやいておいたらツイッターだけは情報ツールとして機能していたことを通電した後に分かりました。私の住んでいる地域では地震直後から夜中の1時過ぎまで停電していたので、その間、テレビ・ネットも繋がらずツイッターもチェック出来ませんでした。
私はipod touchを使ってツイッターを楽しんでいるのですが、通電してから無線LANでツイッターをチェックしました。東北にいる友人・知人の無事が分かったり、都内で働く友人・知人も帰宅難民になって大変な思いをしていたり、会う予定の友人が新幹線の中で長時間いたということがわかりました。
ツイッターのおかげでいろいろな情報交換が出来てとても心強かったと聞きました。私も通電してからはツイッターのおかげで、一人でいても励まされたり、みんなのつぶやき、情報を見ていてとても心強かったです。
いつか来る、来ると思っていても、どこかで大丈夫だろう。と思ってほとんど準備をせずにいて迎えた今回の地震。体験してみて初めて分かる備えの大切さを知りました。それと同時に、いつ来るか分からない怖さも知りました。今後のために今回学んだことを活かして備えておきたいと思います。
そして、復興に向けて一歩ずつ動き出している被災地の方々のために、自分でも出来る事をして少しでもお力になれたらと思っています。
2011年3月11日に起きた東北関東大震災から2週間経ちました。亡くなった方のご冥福をお祈りすると共に、被災者の方々に心よりお見舞い申し上げます。
この2週間、いろいろな事を体験し、感じ、思ったことがたくさんありました。でも、なかなか心の整理がつかずパソコンを立ち上げる気力もままならない状態でした。いつまでもそんな事は言ってられない!そう思い、地震のあった日の出来事やそこで学んだことなどを綴っておこうと思います。
≪地震当日体験記≫
14時~16時
3月11日は、お友達と都内で会う予定でした。遠方からやって来る友人の到着時間に合わせて自宅を出ようと、2時過ぎに出発。バスで駅に向かい、郵便局で用事を済ませてから電車に乗ろうと思い、郵便局へ行き手続きを済ませている途中で「パン!」という音と共に停電。
局員の人が「揺れてる???」と言った途端、ゆらゆらと大きく横に揺れ始めました。立っているのも不安定になるくらい揺れが続き、局員の方が「外に出てください。」とおっしゃったので、ひとまず入り口付近まで行きました。それでもまだ揺れてる・・・。
居合わせた方たちと「長い地震だね、外にいてこんなに揺れを感じたの初めて!」と口を揃えて言うほど、長く大きい揺れでした。
一旦、揺れが収まったところで一人の男性が「宮城で震度7!!!」と大きな声で教えてくださいました。その場にいた人たちからはどよめきの声・・・すでに停電していたため、ATMなどを使っていた人も混乱!
私は手続き終わった書類をもらい、郵便局を後にして駅へ向かいました。
駅近くの商店街ではたくさんの買い物客や店員さんが外に出てきていて、ざわざわとしていて異様な雰囲気。
停電しているから無理だろうとは思いつつ、事の重大さを知らなかったため、すぐに復旧すると思い改札へ言ってみると、電車に乗りたい人が押し寄せていました。私は京急を利用しているのですが、復旧が早くて信頼も厚いので、待ってればすぐに動くと思っていました。たくさんの人がそう思っていたはずです。
でも、待てども待てども動くどころか、大きい余震が来るし、駅ビルからもたくさんの利用客や店員さんが外に出るように言われて出てきました。駅員さんも停電しているため情報が手に入らないと混乱気味。みるみるうちに駅回りはたくさんの人でごった返し、携帯もつながらないので、公衆電話にも行列が出来始めました。
私も会う予定になっていた友人たちにメールを送ったり、電話をしてみても繋がらず、一方的に連絡するだけとなっていました。何度かチャレンジしたらつながっても留守番電話サービスになって、リアルタイムで状況を報告できないもどかしさと、楽しみにしていた予定に参加できないかもしれない悲しさと諦められない気持ちで駅で佇むばかり・・・。
そんな中、大阪に出張していた主人からポツポツとメールが届くようになりました。私も送ってみるのですが送れたり送れなかったり。でも、まだ事の事情を把握していない方が多数の駅前。ほとんどの人が駅で復旧を待っていました。
そんなことを続けて2時間近く経ち、時刻は16時を過ぎていました。「あーあ、どうしようかな・・・」と思っていたところ主人から電話が掛かって来ました。ずっと繋がらなかったのにビックリ!そして、「津波が来るから早く逃げたほうがいいよ。宮城県大変な事になっている。大津波警報が三浦半島にも追加されたから!車並みの速さで津波は迫って来る!高台に行った方がいい。」と言うのです。
全く状況がつかめず、「は?津波?」という感じでピンと来ませんでした。とにかく駅前から離れて、高台にある自宅に向けて移動することにしました。停電と同時にバスも運転しなくなっていたので、すでに駅前のタクシーも出払っている状態。
家まで歩いて一時間くらいかかる。とりあえず家に向けて歩き出しました。ほとんどの方が津波が来ることも知らず途方に暮れていたので、歩く道すがら出会う人には津波のことを伝えました。
そんな中、8人くらいの団体でキョロキョロしながら歩いている方たちに追いつきました。横を流れる川は東京湾に向かって引き始めているのを見て、津波がやっぱり来るんだ!とその時思いました。その8人の方たちに津波のことを話したところ、「●●小学校はどこですか?」と言われたので、「私も同じ方角で近所ですのでご案内します。」と一緒に高台にある避難所に向かうことにしました。
聞けば、茨城県から観光に来ていたそうです。駅で駅員さんに「●●小学校に避難するように」と言われたとか。途中、食糧確保のためコンビニに立ち寄ってみると、停電の中一生懸命店員さんが汗を流しながら商品を販売していました。
行列は出来ていたものの、駅前はどこも店が機能していない状態だったので、茨城から来た方たちには少しでも何か購入できたのは良かったと思いました。
その頃になると主人から地震に関する情報がメールで届き始めたので、その場にいる人たちにも状況を知らせると、とても驚いていました。コンビにを後にして、小学校に向かうとちゃんと避難所として受け入れが始まっていました。私も何かあった場合の避難所は●●小学校なので、一度様子を見ておこうとみなさんと一緒に中に入りました。
その時点では体育館に椅子が並べてあるだけ・・・。大丈夫かな?夜は冷えるだろうし、停電もいつまで続くか分からないし・・・。心配はいっぱいでしたが、私も日が暮れる前に家に行きたかったので、「もし何かあればまた様子を見に来ますね!」と、持っていたおせんべいやおつまみなどの差し入れを残し、皆さんとは別れました。
17時30分 自宅に到着
雨がポツポツ降り始め、すでに薄暗くなっていました。家に着いてホッとする間もなく、玄関近くの洗面所を見て地震の大きさを思い知りました。棚が倒れ、足の踏み場もないくらいぐちゃくちゃ・・・。
台所に行くと床にはフライパンや調味料入れ、電話までもが落ちていました。これは、ダンナコレクションのガンプラも落ちて壊れているんだろうな・・・と思いつつリビングを見てみると、斜めに将棋倒しになってはいたものの、床に落ちているのも一つや二つで済みました。
とにかく、真っ暗になる前に懐中電灯を用意し、水やガスが使えるか確認。トイレも済ませて、万が一のために水も汲みました。主人からメールも頻繁に入り始め、充電を心配しながら乾電池で使う充電器も探し、とりあえず思いつく準備をしました。ついに日も暮れて真っ暗になってしまいました。停電しているので当然電話・テレビなど使えません。
依然情報が主人からのメールでしかわからなかったのですが、それだけでも心強かったです。夜になり気温も下がってきたので、避難所にいる方が気になり、ホッカイロを持ち、懐中電灯を片手に家を出て街の暗さに驚きました。
街頭の灯りのありがたさというか、普段当たり前に思っている灯りが消えるとこんなにも道を歩くのが怖いんだな・・・と思いました。途中まで頑張って行こうと歩きましたが、あまりにも怖かったので断念。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。その帰り、ふと空を見上げてみるといつもはそんなに見えない星の数々、綺麗さに感動しました。
今思えば、郵便局に寄らず電車に乗っていたら、場所によっては私も帰宅難民となっていたかもしれなかったので、歩いて家に帰れただけでも幸いでした。主人は大阪に出張していなかったら間違いなく帰宅難民になっていたでしょうし、連絡もなかなか取れずやきもきしたに違いありません。
送れているかわからなかったけど、ツイッターにつぶやいておいたらツイッターだけは情報ツールとして機能していたことを通電した後に分かりました。私の住んでいる地域では地震直後から夜中の1時過ぎまで停電していたので、その間、テレビ・ネットも繋がらずツイッターもチェック出来ませんでした。
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